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アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2017/7/19 update

アルチンボルド展

国立西洋美術館 2017年6月20日(火)~ 9月24日(日)

アルチンボルド展

 

一連の出来事の引き金をひいたのは、サンドロ・ボッティチェリ
(1445-1510)であったに相違あるまい。彼はテンペラ画「プリマ
ヴェーラ/春」(1477-78年)でウェヌスを描くに当たり、装飾
としてはすべて実在の花をそのままなぞることにしたからだ。
衣裳の花はいくぶん扁平になっていて、まだ布地の花柄模様に
みえなくもない。だがウェヌスの襟は、完全に現物の花と葉で
編み上げられたリング状のレイとなっている。花びらも葉も、
当然それぞれ好き勝手に空間へ飛び出している。金髪を飾る
ティアラになると、ますますもって生々しい花卉の集積だ。
優美ではあるが、野原で偶然に一本ずつ髪に挿しこんでいった
遊びの感覚を、少しも外れるものではない。
こうして<春の化身=ウェヌス>という文学的な寓意は、神や
自然の人間化というルネサンス期特有の理念をもって、画面上に
定着されたのだった。
ジュゼッペ・アルチンボルド(1526-93)はその85-86年後、
ウィーン宮廷に仕える忠実な<王の画家>として、「四季」の
連作を描きはじめる。このとき草花を衣裳と襟と髪の毛を飾る
印象深い小道具としてだけでなく、マクシミリアン大公という
男性の上半身すべてをこれで構成してみせるという、破天荒な
アイデアを思いついたのである。逆にいえば、彼がボッティ
チェリに楯突くにはそれしか手がなかったのだ。
さて、その結果マクシミリアンはグッとダンディな男になった
のだろうか。親しみ易さは首尾よく達成されたのだろうか。
私は少なくともウェルトゥムヌス化、すなわち季節の変化と変容を統べる神の化身として、
大公がハプスブルク帝国を象徴する意味合いは、ドンと大きくなった気がするのだ。
もはや生身の人間ではなく、自然を形づくっているさまざまな物質が寄り集まって、
いついかなる季節からでも、またどんな分野であろうと帝国を自在にあらわせる万華鏡の
ような存在になったのではなかろうか。王が望んだのは人々の集合体であり、法律の知識
であり、司書のアーカイブであり、そして美味しい肉やワインに満ちた豪勢な宮廷料理
だったのだ。残念なことにボッティチェリが、そして当のアルチンボルド自身がもとめた、
自由で奔放な芸術家像などでは決してなかったが。
この「春」(1563年)は、花々が競い合うハプスブルク帝国の最も美しいときを体現する
国王像という意味合いで、はるばるスペイン王フェリペ2世の許へと遣わされる外交的贈物
となったのだった。
(国立西洋美術館、~平成29年9月24日)     ★★★★★




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/