これまでのアートレポート

アートレポート- Art Report -

勅使河原純の『とっても気になるあの展覧会へ「行ってきました」』

2017/4/13 update

草間彌生 わが永遠の魂

国立新美術館 2017年 2月22日(水)~ 5月22日(月)

草間彌生 わが永遠の魂

◯草間弥生の真実

『草間弥生 わが永遠の魂』展に足を運び、改めてそこに伝説の
前衛芸術家・草間弥生の真実をみた思いがする。圧倒されたのは、
「圧倒されるはず」の大仕掛けな部屋ではない。穏やかで平和な
キャッチフレーズにみえた水玉が、最初期の女性像(1939年)の
顔全体をまるで痘痕のように被い尽くしていたからである。
偶然これをみて驚いた精神科医の西丸四方は、以来彼女の作品を
購入し、助言するようになったという。
水玉はほどなくして、痙攣し切ったギザギザ模様に周囲をかこま
れるようになる。無数のソフト・スカルプチュア(すなわち男根)
や「魂を燃やす閃光A.B.Q」(すなわち精子)に、びっしりととり
囲まれた彼女の脅迫観念(オブセッション)はいかばかりのもの
であったろう。もはや幻覚の無限増殖を押し留めることなど、
出来ようはずもない。
恐怖心が高まるにつれて、水玉はしだいに眼へと変貌しはじめる。「見るぞ、見られるぞ」とあらゆる方向から
監視の視線が投げかけられる。1950年代の前半、コラージュの時期に彼女の眼は魂そのものにまで昇華して、
宇宙へと漂いはじめる。鏡のなかで無数に瞬く星々。その中ほどで重力にも引力にも見放されたまま、魂は妖しい
閃光を放ちつづけるのだ。この年代特有の沈潜した美を身にまといながら、やがて全てはブラックホールに呑み
こまれていく定めなのだろうか。
こうして草間のアートは始めもなければ終わりもなく、進歩もなければ後退もない。ただその時々の欲動だけが
存在する不思議なリズム(無限円環)へと辿り着く。魂の安息、あるいは「自己消滅」(写真1967年)への憬れ、
はたまた美術アートへとスルリと姿を変えた不滅願望とでもいったらいいのだろうか。必死になってそれらにまと
わりつくかのように、同じ行為が繰り返されていく。
一度画面の縁から描き始めると、グルグルまわして完成するまで筆を置こうとはしない。インフィニティ・ネット
・ペインティングの線分にしろ、バイオモルフィズム(生命形態主義)のドットにしろ、彼女の場合にはいつだ
って同じ作業が反復されるばかりなのだ。

画像:《自己消滅》

(国立新美術館、~平成29年5月22日)




勅使河原 純

東北大学美学西洋美術史学科卒業。世田谷美術館に入り、学芸業務のかたわら美術評論活動をスタート。学芸部長、副館長を経て2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所 JT-ART-OFFICE を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。熟年世代の生活をアートで活気づけるプログラムにも力を入れている。さらにジャーナリズム、ミュージアム、ギャラリー、行政と連携し「プロ作家になりたい人」、「美術評論家として自立したい人」のためのネットワーク・システムづくりを研究・実践している。

公式サイト
http://www.jt-art-office.com/